これは良い記者会見。
もう1週間になるらしいですが、一部界隈にとどまらずYahoo!ニュースにまで広がってしまった「ゆっくり茶番劇」商標登録騒動に関し、ニコニコ動画を運営するドワンゴの記者会見を見ました。
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本件については自分自身が動画投稿をしていた身であること、また、仕事で特許に触れることが多いことから、ドワンゴが法務部と相談すると初報を出した時から注目していました。
仕事で特許を扱うと言っても自分の場合は製品開発がメインであり、扱う対象は新しい化学物質・新しい組み合わせの製品・新しい製造方法などに限られているため商標権との違いも勉強したいとも考えています。こうした背景を持ちながら会見を見ていたのですが、「説明がひたすらに丁寧」「権利の迂回ルート遮断がうますぎる」「質疑応答がスマート」という3点でめちゃくちゃ良い記者会見だったかと思います。
以下、個別の所感など。
①説明がひたすらに丁寧
記者会見は冒頭にドワンゴ専務取締役COOの栗田穣崇さんから10分ほどの説明があり、その後の質疑応答が30分強といった構成。卒論発表でも何でも同じことが言えるのですが、何かを口頭発表しようとすると専門家しか分からないような背景説明から入ってしまい、結果として誰も聞いてくれない事態が起こりがちです。
しかし本件ではそもそも「ゆっくり」とは何か?起源をたどるといつから存在した言葉か?今回問題となっている「ゆっくり茶番劇」の流れがどうなっているか?と言った具合に一番広義の言葉から丁寧に説明をしていたのに驚きました。いや、当然でしょって言うだけなら簡単なのですが、その簡単な構成で話をするのがどれだけ難しいかって話ですよ。話の冒頭は小中学生でも分かるレベルから始めなさいって言われ続けた修論発表が懐かしいね......。
本件は「商標権」という言ってしまえば「単なる文字列」に対する権利と言うことでネット上の書き込みなどを見ていると感情的なものが多くみられますが、会見中は「2008年頃には既に知られていた」「365種の文字列について類似商標性評価を行った」など具体的な数字に基づいた説明がなされていた点や、「商標権」が権利として何を制限できて何を制限できないなを具体例を挙げながら説明していた点が特に安心ポイント高いです。
先述の通り自分は仕事で製品開発に関わる特許を扱っていますが、仮に世界で初めて開発した未知の物質Xに関して特許を申請しようとしたとします。未知の物質Xが新規制・進歩性において非の打ちどころのない内容だったとしても、出願前にうっかりどこかに公開してしまった時点で公知の物質となってしまい権利化困難になるという困ったルールがあります。自分で開発した物質であっても権利化前公開してしまってもダメなのです。だってそれは審査前に世に知られている物質だから。ヒィン...。
そんな特許事情を踏まえて本件の「商標権」について考えてみると2008年から知られている文字列に対して権利化審査が通ったというだけでも衝撃的でした。このあたりは「製品特許」と「商標権」がそれぞれ認める排他的独占権の権利化範囲の違いによるものだろうと考えられますが、ちょっと勉強が必要そうです。お勧めの本があったら教えてください。。。
本件に関する主張や権利範囲についてはドワンゴが出している見解に詳細が書かれているので一読いただけると良いかと思います↓
②権利の迂回ルート遮断がうますぎる
これまた自分が仕事で扱っている特許業務目線の話になりますが、何かを権利化しようとした時、誰の権利も侵害せずに全くの新規案件と評価されることはまずありません。やれ効能が似てる、やれ構造が似てるなど多くのいちゃもん審査をくぐり抜け、当初の請求範囲からかなり限定されたごく一部に限って権利化して良いよと特許庁に認められたものだけが正式に登録特許となります。
こうして出願人目線で見た場合、自分の権利を通すには邪魔な競合他社の権利を迂回する必要があり、業界用語で水路確保なんて言ったりもします。逆に既に権利を持っている会社から見れば、抜け道を作ってしまったが故によく似た内容で権利化を主張されたくないので、相手の水路=迂回ルート徹底的に潰しておかなければなりません。実際に特許の無効化裁判をする場合、こうした迂回ルートの主張が全て潰せれば無効化可能、1つでも潰しきれなければ部分的にでも特許権が残る結果となる訳です。
本件をドワンゴ視点で見た場合、相手の主張する商標権を完全に無効化したいため、ほんの少しでも迂回ルートを残してしまったら負けと考えていいでしょう。会見を聴いていて驚いたのが、自分が相手だったら立ち向かう気力もなくなるレベルで迂回ルートの遮断を徹底していたことでしょうか? ドワンゴ法務部つえええええ!!!!
③質疑応答がスマート
これはメインで質疑応答にあたった栗田さんに対しての印象ですが、頭の回転が速いのはもちろんのこと、現場の最前線に身を置いている人だなと感じました。実際にニコニコ動画とかいう無法地帯の手綱をとって改革に乗り出した張本人なのですから当たり前とも言えますが、経営レベルから現場レベルまでの広範囲を自分の言葉として発しているな、と。もちろん法務部や部下から大量のバックアップを受けているだろうとは言え、その情報を理解しきり責任をもって発言できる人は多くありません。
今回の会見を見ただけで長年ニコ動のプレミアム会員費を払い続けている意味があったと思ってしまうくらいには良い会見だったと思います。
質疑応答では何社かの方が質問をしていましたが、ITmedia社さんは特許に詳しそうな方を送り込んでましたね。自分が聴きたい範囲の内容はほぼ全てこの方からの質問で引き出せていたので優秀な方とお見受けします。もし今後何かしらの展開があって次の記者会見があったらまた来て欲しいものです。
④それ以外の部分で雑感
・365件の精査は決して多くない
コメントを見ていると「ゆっくり」関連で365件の内容について精査したとの発言に対して「そんなに多くの数を?」といった反応がありましたが、特許調査において1000件くらいは普通にある話なので決して多い数字ではありません。先述の通り相手側の水路は1つも許してはならず、自分側の水路は決して妨害されてはいけないと考えれば1000件調査でも心許ないレベルなんですよね...。モノに寄りますが。そういう業界もあるんだよ、っていう感想です。
・パテントグールの対処法
ここへ来て新しい用語を持ち出して申し訳ありませんが、今回の騒動は特許界隈でいう所のパテントグールという名で括られる存在・問題にあたります。パテントグールは自分で使う予定のない権利を大量に取得するだけしておき、権利を踏んだ相手から使用料をせしめようとしてきます。特許権の本来的な理念からこのような使い方は認められないはずなのですが、一度承認してしまった権利を取り消すにも時間と金がかかります。出願よりも取り消しの方が遥かに金がかかるのが現実なのです。
多くの場合パテントグールは権利を踏んだ相手に対し、取り消し訴訟よりも少額で権利買取の示談を持ち掛けて小銭(と言っても高額)をせしめるのが常套手段となります。これがグールの名を冠する由来です。特許を掻っ攫って食う小鬼=パテントグール。
パテントグールが厄介なのは、多くの中小企業は何件もの取り消し訴訟に耐えられるだけの資金的体力も法務組織も持たず言いなりにならざるを得ない点にあります。本件でも商標権を取得した本人はドワンゴなんて巨大組織を相手取った主張では無く、個人利用者を相手にした内容だったと記憶しています。いくらネット民が文句を言おうと、誰が無効化裁判の費用を出すか?と問われれば即座に手を挙げる個人などなかなかいないのではないでしょうか?
本件でドワンゴが最も強かった点は、こうしたパテントグールへの対処に間髪入れずに手を挙げて潰しにかかった点だと考えます。自分が勉強した範囲で言えば、パテントグールの根本的な潰し方は途方もない金と時間をかけてグールを潰し続け、この界隈は近寄っても旨味が無いと思い知らせて排除するしかありません。収支だけで言えば訴える側が確実に赤字で終わります。敢えて言うなら信頼を獲得して株価が上がれば良いなという期待があるくらい。それでも業界の治安を守り、将来的な市場、本件で言えば自由な創作活動の場を維持するために身を切る選択ができるのは誰にでもできる事ではありません。
ニコ動がオワコンと言われ続けて10数年は経つでしょうか? 今では多くの動画系プラットフォームが存在するものの、こうして身を切る決断をいち早くとってくれたニコ動のことが僕は今でも好きです。覇権コンテンツでは無かったとしても信頼できるコンテンツ(プラットフォーム)としてこれからも応援して良ければと思います。
ではでは