普通の人たちから見る事件の側面。
休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。
本作は休職中の刑事「本間」が親族の依頼で失踪した女性「関根彰子」を捜索するミステリー小説。
ミステリー小説ってある程度登場人物を出し切ったらそこから犯人なり真相なりを突き止めるために人数を絞っていく展開が王道、もしくは、よくあるテンプレだと思うんですが、この作品はひたすら新たな人物が登場し続けていく構成になっています。と言うのも時代背景は元号が昭和から平成に移行する前後を跨ぐ頃合いで、刑事が捜査をすると言えば何をするにもまずは足で情報をかき集めるのが基本中の基本。北から南まで新たな情報源を掴んでは足を運んで失踪者「関根彰子」について聞き取り調査を続けます。
特に面白いと感じたのは、失踪者が出ているほど事件性があるストーリーにも関わらず、その事件を照らす切り口は常に聞き込み対象となった「普通の人」であること。もちろん刑事ならではの操作手順や勘が働く場面は多いものの、ストーリーの中核を担う関根彰子の正体や真相に至るまでの経緯を語るのはあくまで一般人の断片的な情報であり、それを語る口調は実に淡々としているのが印象的でした。
仮にこの物語に登場する事件が大々的に報道されるような殺人事件で、登場人物が現場を目撃したような重要参考人であればこのような構成にはならなかっただろうと思います。と言うのも、多くの「普通の人」からすれば知らない間に失踪していた(失踪の事実すら知らなかった)縁遠い人間のことなど記憶が曖昧で、覚えていたとしても大した情報を1度に得られるなんてことはそうそうありません。だって意識して覚える気が無ければ忘れてしまうのがごくごく当たり前のことですから。
事件の当事者からすれば「何で覚えてねえんだよ!!!」「人間関係淡泊すぎるだろ!!!」と叫びたくなる人もいるかもしれませんが、個人的には「普通の人」が事件・事故に対する姿勢が非常に丁寧に描かれており、自分でも驚くほどすんなりと「普通の人」の側に立って読み進められた点が素晴らしかった。会社の同僚とか何年もあってない元同級生のプライベートなんて詳しく知ってる方がレアだよなーと。
「人が1人失踪してるんだぞ!」という観点と、「え、あの人失踪してたんですか?気付かなかったなぁ~」という観点は両立するし、何なら後者の方が当たり前なんですよね。そういう「普通の人」の観点から僅かに得られる失踪者「関根彰子」の人となりを1つずつ辿り、失踪に至った背景や世相を丁寧に描き切った名作だと感じます。
主人公の「本間」も直前に担当していた刑事事件で名誉の負傷を負ってリハビリ中であり、捜査令状も権限もない「普通の人」として動いていた点も良いですね。彼の中にある熱意の変遷も魅力の1つだったかと思います。
そういう風にまとめるのか!というラストシーンもお気に入り。こういうタイプのまとめ方が好きなんだろうな、自分は。
ネタバレ無しで書き進めていたのでまとまりが無い文章になってしまいましたが、テンポと読後感の良い1冊でした。お勧めです。
ではでは